2008.7.27−30 剱岳、立山

【日 程】:2008.7.27(夜)−7.30
【メンバ】:Pitagon(記)、M24、Yさん、GC
【コース】:7.27夜:新宿−さわやか信州号−室堂
      7.28:室堂−雷鳥坂−剱沢
      7.29:剱沢−剱岳(往復)
      7.30:剱沢−立山(大汝、雄山)−室堂(点の記玉殿岩屋、みくりが池温泉)−芦峅寺立山博物館
【報 告】
 7月28日から室堂を出発し、剣・立山に行ってきました。
 そもそもなんで、剣に登ろうと思ったのか振り返って考えてみると、今年の正月に知人宅に泊まった際、剱岳に三角点を設置するドキュメンタリーを見て、新田次郎の「点の記」を知ることになり、「登りたい!」と思ったのがきっかけでした。
 まさか、この夏に登ることになろうとは夢にも思いませんでしたが、山部会長の声掛けで、何とかメンバーも集まり、天気も回復し計画通り(ルートは逆でしたが)無事登れてよかったです。
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 27日夜、新宿都庁近くのバスターミナルを出発し、いざ室堂へ。
 男性メンバーは狭い車内窮屈そうで申し訳なかった(←しかし私は2シート占領)

 室堂は夜から降りだした雨で足止めをくらった登山者達と、剣・立山方面から下りてきた人たちであふれていました。
 朝ごはんを食べ、外の様子を見ながら2時間ほど時間を潰し、9:30に出発。
 本当は1日目に立山を経由して剣沢のキャンプ場に行く予定でしたが、こんな悪天の日に雄山に行っても・・・ということで、直接雷鳥沢を経由して剣沢キャンプ場へ。
 歩き出始めた頃は、雨は降っておらずずっとガスの中を歩いていきました。別山乗越を越えてからは沢なので風が強く昨日までの暑さなんて関係ないほど体が冷え切りました。
 剣沢では小屋に行き、ビールを買って早々に宴会開始。ウィスキーのコーラ割りがうまい。夕飯は山で初めて食べる鰻!外は晴れてきて剣は相変わらずガスの中だったけれども、 八峰や別山の方はスッキリ見えるので、明日の天気を期待してしまう。久しぶりに天気図をとる。前線が若干北に逸れたように思ったのだが・・・
 2時起き4時発で、頑張って雷鳥沢まで下りるためこの日は早々に寝る。テントを揺らす風が一向に収まらない。夜中3回くらい起きた。最後に起きた時(1時半頃)には雨の音が聞こえた。

 2時。誰も起きる気配がないので、私も知らん顔してまだ寝ていたら、2:26、M24君が焦ったように「起床!」と叫んだ。雨だ。どうしよう。
 とりあえず、10時までにここを出れば剱岳のピストンは余裕らしいので天気の様子をみることになった。
ご飯を食べて、二度寝をし、4時、5時・・と時間だけが過ぎていく。ラジオを聴くと、福井・富山で局地的大雨があったらしく、一同静まり返る。7時を過ぎた頃、回りも明るくなり、雨風も大分収まってきた。もう、体がうずうずとしてきたので、天気はそれほど期待できないけど、「行ってみるか!」ということで、7:55 いよいよ剣沢を出発して剱岳へ向かった。空は相変わらずガスで何も見えない。

 しかし、雨が降っていないのがせめてもの救いだ。雪渓を越え、鎖場を抜け、花の写真を撮り、気づけばタテバイも通過し、剱岳山頂に立っていた。こんな天気だからか、山頂には私達を含めて4パーティしかいない。ちょっと寂しい感じもする山頂。錆びれすぎた缶詰やビバーク跡が残る。山頂からはガスで何も見えなかった。けれど、逆にその方が登りに集中できてよかったのかもしれない。

 下りはひたすら鎖と浮石と戦いながら、でも、雪渓で遊びながら下りてくる。なんだか、とっても疲れた。
テン場に着くと、雷鳥沢にはもう行かないですよね?という暗黙の了解のもとひたすら飯を炊き、高野麻婆豆腐を作る。剣沢の雪解け水でメロンゼリーも作って冷やした。(なんと小屋で買った桃缶も入っている!)登れた安堵からかこの日はとても疲れていた。GC君が本当にご飯を良く食べてくれるので、ほとんど彼にご飯と麻婆は食べてもらった。

 明日は今日より天気が良くなる予報なので、前日にいけなかった雄山を回り室堂に下りることにして寝る。この日は結局一回も起きずに2時になった。テントの外に出ると、どれくらいぶりだろうか空一面の星空が見えた。天の川もくっきりだった。今日はテントを揺らす風、打ち付ける雨音も聞こえない。テントのフライをあけると流れ星が流れた。
 「晴れている!晴れている!」
ただそれだけで嬉しかった。昨日の剣の疲れが程よく残り、満天の星空のキャンプ場、剣沢を後にする。
剣沢の下の方、八峰の間から空が白んできた。黒から濃紺、だんだんと薄い青になっていく空を見つめながら登っていくと、立山の影に隠れていた北アルプスの山々が姿を現す。最初に少し尖った目立つ山が見えたときYさんが槍ヶ岳だと言った。

 でも私は絶対違うと思った。槍ヶ岳だけは絶対間違えない自信があった。槍は北アで初めて出会った時から私の中で存在感が違うのだ。大汝山まで登るとやはりその山は槍ヶ岳ではないことが明らかになった。(笠ヶ岳だったのでしょうか・・)槍が見えると嬉しくて胸がドキドキする。今回も槍ヶ岳が見えたことに感謝しながら立山三山を登る。雄山では\500の参拝料を払って山頂の祠に行く。祝詞を聞きながらいろいろなことを祈った。いろいろな思いが体を巡っていった。

 さて、立山を下りはじめるとたくさんのジャージの群れが。聞けば富山県内の小学6年生だそうだ。富山の子供たちは6年生になると立山登山に行くらしい。(富山の知人談)
 ものすごい数の小学6年生の列がどんどん登ってくる。みんな新しい登山靴にきゃっきゃっとはしゃぐ。
 「せんせー、また○○君が違う道行ってるー」と女の子・・・「○○君、またショートカットですかー?」と先生。「へへっ」と○○君。12歳が眩しい。天気も良く、ざーっと室堂まで下りたので、立ちくらみがした。

 新田次郎の点の記で行者を助けた玉殿岩屋にみんなで向かった。空身で片道10分の往復だったのに、戻る途中で立ち行かなくなった。もうだめだー・・と。 道に座って一人ぼーっとする。今日歩いてきた道が頭上に見える。どれくらいぼーっとしたのだろうか。
 再び立ち上がって歩き出すとメンバーの2人が心配してまた下りてきてくれた。心配かけました。

 室堂で、翌日雲取山に行く新人GC君と別れ、3人はみくりが池温泉へ。今回はさほど汗をかかなかったので(むしろ冷えた)汗を流すと言うより、あったかい温泉がとても気持ちよかった。ソフトクリームを食べみくりが池を後にする。

 温泉後はアルペンルートを下るYさんと別れ、M24君と私は芦峅寺の立山博物館へ・・・。 点の記に知るされた錫杖を見るためだ。千垣駅からバスで約5分のところに博物館はあった。小さい街の博物館の割にはと言ったら失礼かもしれないが、さすが立山ともいうべき凝った展示の仕方。また建物の美しさに見とれ、次のバスがくるまでの短い間博物館鑑賞を楽しんだ。錫杖は剣沢小屋のスタンプと同じ形だった。(スタンプがマネたんですね・・・もちろん)
 企画展は大正期の登山ブームについての展示でもっとゆっくり見たかったが、このバスを逃すと次は2時間後だったので、早々に博物館を後にした。M24君とも千垣駅で別れ、剣・立山の旅は終わった。